HappyClover日記

3つ葉なら何でもないcloverなのに・・・4つ葉を見つけるとみんな幸せな気分に☆1枚の葉っぱの存在価値の大きさを感じます。みんなが幸せになれるそんな1枚の葉っぱのような存在でありたいことを願うゆぅの日記。

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価値

今日は昼から雨
しとしととざーざーと梅雨らしい日。

この時期は、保健室は乾燥場だったな・・・。
なぜに私が一生懸命乾かしていたんだろう?
担任がやればいいのに、着替えをもたさない家庭が悪いのに・・・
そんなことを言われながらも、帰りに冷たいのいやだな、その子だけ保健室の体操服着せるの
かわいそうだなって
きっと教育的ではないんだろうけど、私はエアコンが入る保健室で
この時期、よく洗濯屋をしてた。

その頃、校舎改築中で保健室はプレハブで、床はベニヤ板で
子どもたちが濡れた足で歩くたび
足跡がつき、濡れたランドセルをベッドに放り出して着替える子どもと
格闘してたっけ・・・。
そんなことを思い出す。

現場を去って一年以上になる。
激動の一年だった。
難関?と言われる教員採用試験に受かって就職。
自分の時間そっちのけにして
養護教諭として学校の先生として地方公務員として、一般的な社会人をしてきた。

それが
退職、大学院入学。
元・教職員というだけでフリーター。単なプー太郎学生さん。
20代後半にもなって仕事やめて、どうするの???そんな言葉は嫌というほど聞いた。
何考えてるの?どうやって生活するつもり?大丈夫なん?そんな言葉も嫌というほど聞いた。

夢とロマンをおいかけるピーターパンが愛される冒険時代は
とっくの昔に終わり
いまや、着実に安定した職につく。

現実を見ろ!!

わかっているけれど、進むしかない道、決して戻れないことはわかっている。

でも、
もっともっとできたんじゃないかという悔いの思い
そして
大好きだった仕事を離れた悔いの思い
そして
子どもたちと離れた悔いの思い

ずっとずっと「悔い」と戻りたい衝動にかられる退職後。


大学院にやってきて世界は180度変わった。
きっと今までなら出会えなかった人にもたくさんたくさん出会った。
それはすごい財産だと思っている。本当にありがたい。
TAとして学部生の授業や実習指導、高校への授業・・・
学会発表や調査・・・
大学院生として学内だけでなく、看護師も保健師もさせてもらっている。

思い返したらきっと一番いろんな経験をさせてもらった日々になるんだと思う。

だけど、だけど、だけど
養護教諭として自分の(語弊があるかもしれないが・・・)保健室で
一人の学校の先生として働いていたときのような
所在感や居場所がない。

大学で指導しているけれど自分の部屋があるわけでもない、専用電話があるわけでもない
保健師しているけれど委託だし、自分のデスクがあるわけでもない
看護師しているけれど非常勤、IDない
でも、そんな物理的なことではないと思う。だってロッカーも靴箱も幸いながらあるから。

きっと自分の心の持ち方なんだということはわかっている。
だけど、見いだせない。

ずっといる常勤じゃないだけに毎回毎回状況の違う場面に緊張して行く。
それなりにというか、そのとき自分ができる最大限のことをしているつもりである。

だけど、それって私じゃなきゃダメなのか私じゃなくてもきっとできる。
っていうかむしろ私はできていないし・・・。

そこの集団、組織において私はどんな役割をもって存在させてもらっているんだろう。

そこに私の存在は必要あるんだろうか?

役割があるんだろうか?

委託だし、非常勤だし、学生だし・・・単なる労働者だし、
(誤解があるかもしれないが)最低限やることやればそんなに深く考えなくても、それでいいのかもしれない。
明らかに自分が足手まといになっていると感じる組織には自分から去ればいい。

だけど、自分が「役割」を感じ、所在感を感じ、一番心地よかった職を捨てて
「今の私」になった。一体私は何をやっているんだろう?

もっと自分の中で輝きたかったんじゃないのか?

私の生きている価値ってあるんだろうか?

今の私が、生きていて誰かに何かを提供できるものがあるのだろうか?

私の生きている価値ってあるのだろうか?



position

先週末で、学部生の実習が終わった。
私は、大学院生だけれどTA(Teaching Assistant)という仕事の一環で実習に携わっている。
わが大学の地域の保健所や保健センターの実習先は県下20近くにもなる。
それを教授、准教授・・・などの教員だけでは対応できないので
私たち(というかこの講座の大学院は私一人)TAも同じように実習分担を持つ

2月にオリエンテーションを行い、それぞれの地域を自分たちの足で歩いて情報を集めて
実習施設の担当者と話、地域の特性や健康課題を見つけ、レポートを書く。
実習に出る1か月前には、仕上げたレポートをもって実習施設と実習計画の作成。
学内実習を経て、4週間の実習・・・。
自分の担当先はもちろんのこと、たてに長い三重県を南から北へと移動の日々だった。

実習先に行って担当者と話し、実習生の様子を見せてもらう。
自分も検診や健康教室には保健師として入り指導。
カンファレンス終え、次の実習先へ。お昼ごはんはほとんど移動中の車内
大学もどってきて、夕方実習を終えた学生が次の日の実習計画や健康教育の指導案をもってやってくる。
やっと4週間の実習が終わったら、まとめ発表会に向けての抄録&資料作り
毎日やりとり、深夜まで一緒に検討したグループもある

その合間に保健師で健診、面接、訪問・・・看護師やって・・・

そうしていると自分が今「保健師さん」なのか「看護師さん」なのか「先生」なのか・・・
単なる「大学院生さん」なのかわからなくなる

そんな中、元・教え子が入院。お母さんと話し、「養護教諭の先生」に戻る
元・勤務校の実習をお願いに行き、「○○小学校の先生」に戻る

来週は、全学部共通の講義で授業。学生から見れば単なる「教員」
ああ、看護協会の委員もあったのだ・・・

自分の立ち位置、役割がわからなくなる。
そして
様々な場面で、その組織において「役割のない」役に立たない自分を感じる。

本当の自分の役割って何なんだろう?
今の役割って本当に「自分のため」なんだろうか?

大事なものを失っているのじゃないか?
体のしんどさをおぼえながら、そんなことを感じます。


一年経って

週末、大切な人の命日でした。
元同僚とお墓参りに行きました。

「もう一年経つんやな・・・」「まだ一年か・・・」何とも複雑な思いです。

ちょうど一年前。
自分が看護師の仕事に初めて入った日、病棟で患者さんが亡くなりました。
初日に亡くなられて・・・私、やっていけるんだろうか?って不安になって帰る時に
携帯を見たら、着信とたくさんのメールが入っていて、大切な方の訃報を知りました。

*詳細は、前のブログに譲ります

それから一年経って、みんなでお墓参りに行こうと決めた日
私は、当直明けでした。

私の勤務している「緩和ケア」という病棟は、終末期の患者さんの痛みや不安を軽減し
その人らしい最期を迎える病棟です。
だから、元気になって退院はありません。
年間、60人以上の方をお見送りします。
だけど、運よく?なのか自分がその日に受け持った患者さんが亡くなったことはありませんでした。

だけど、その当直の日。
お一人旅立たれてしまいました。
夜中で、隣についていた娘さんも気づかないくらいに苦しまず、静かに、安らかに眠られていました。

明け方、ざーっという雨の音をナースステーションから聞きながら
一年前の大切な方のお葬式が土砂降りの雨だったことを思い出しました。
みんなが流した最期の大粒の涙だねと話したことを思い出しました。


当直明けで、他の同僚を迎えに行ったときは、天気になっていて
小高い丘にあるお墓からは、一面緑の田畑と真っ青な空が広がっていました。
きっときっとそのふもとにある街で生活し、働いている私たちを見守ってくれているんだなと思いました。
墓前では、手を合わせることが精いっぱいで、何の報告もできませんでした。
けど、お線香つかなくて、「ちょっとマッチ貸せ」「線香動かすな」と怒られている私や
それを見て笑っている他の同僚・・・そんな場面が、大切な方々と一緒に働いた
あの学校での日々を思い出させてくれました。

みんなが異動になり、退職し・・・早くも1年。
でも、いまだにつながっていられるのは、彼のおかげです。
感謝の気持ちだけ伝えるのが精いっぱいでした。

その後、みんなで近況を語り合って別れました。

みんなと一緒にいるときは泣かなかったのに
夜、お風呂に入って考えてたら、大粒の涙が流れてきました。
泣けなかったんだなぁと思いました。
やっぱり悔いの思いがたくさんで、どうしようもできないのに泣けてきました。

次の日、エイサーの演舞の日でした。
エイサーは、沖縄の盆踊り。
ご先祖様を弔う踊り。

少しでも、私の思いが天国の彼に届いたでしょうか?

明日、死ねますか?

って聞かれたらなんと答えます?こんな話を、今週、ふと、教授としました。

教授ともう一人の教員、「死ねる」って。

「行きたいところもいっぱいあるし」「部屋も片付いてないし」「博士論文も途中だし」

でも、「毎日、納得して生きているから死ねる」って。


私は、「死ねない」って答えました。

「行きたいところいっぱいある」
「やりたいこともいっぱいある」
「話したいこともいっぱいある」
「食べたいものもいっぱいある」・・・

理由は、前者と一緒なのに・・・結論は違う。なんだろうか?と考えました。

「行きたいところいっぱいある」
→未知の場所ではなく、行かなきゃいけないのに行ってない場所、がまんして行けなかった場所がある

「やりたいこともいっぱいある」→やらなきゃいけないのにやっていないこと、やりたかったのにできなかったことがある

「話したいこともいっぱいある」→伝えなきゃいけないのに伝えてない思い、伝えられなかった思い。

・・・きっと私が「死ねない」って思うのは
これからの未来の無限大の可能性(どこかに行ける、何か新しいことができる・・・)への期待ではなく、できなかった過去の後悔。悔み。不満足。未達成・・・。

それを処理できない限り、私は「(準備ができてない)明日、死ねない」と思い、きっと後悔なんだと思う。そういう一日一日を過ごしているのじゃないかと考えた。



ちょうど一年前、大事な人を亡くした。

告別式の日。 放心状態で式に出させてもらった。
何が何だかわからないけれど、涙が止まらず、フラフラな私を支えてくれた方や、声をかけてくれた方がいたけれど、言葉を発するのができなくてただただぼうっとしていた。

しかし、悲しみがあっても日々はやってきて、やらなきゃいけないことは待ってくれなくて、
でも、心がここにはなくて、学生を指導するとき、授業で発言するとき、友達と話をするとき 力を出してがんばってがんばって過ごした。

いろんなものを見れば、いろんなところに行くと 一緒に過ごした日々を思い出し、
存在が大きすぎて、その方を介してつながった人も多すぎて 思い出しては苦しかった。

そして、もっと自分ができたことはないのか?ただただ悔やむ。

新規採用で教員になった私を育ててくれた人だった。
決して一から十まで丁寧に教えてくれたわけではなく、何度となく私は泣かされ、いろんなことを学んだ。そして、体を張っていろんなことを教えてくれました。

でも、私は彼に何ができたんだろう?
学校の健康を守る職員なのに彼に何もできなかった。
(会える会えるって思ってたから)ちゃんと「ありがとう」の思いも伝えられなかった。
いっぱいいっぱい、感謝の気持ち、伝えたい思いはあるのに
対面は、意識がなくなったベッドの上だった。

直後は、何も手につかなくて、でもやらなきゃいけなくて、でもできなくて・・・しばらく大学で夜を過ごしていました・・・。亡くなったという事実は受け入れたくなかったし、 生きている存在も忘れたくなかったし、思い出にもできなかった。

でも、一年経って、初盆には昔の同僚と一緒に近況を伝え、その頃の仲間にも会えるようになった。

だけど、やっぱりぬぐいきれない「悔い」の思い。
ちゃんと伝えたかった感謝の思い。

苦しいことをいつまでもひきずっていてはいけない。
彼は、もっと苦しい思いだったのだろうと思います。
そして、私たちがそんな思いで過ごす毎日をきっと彼は望んでいなかったと思います。
彼はきっときっともっともっと生きたかったし、私たちは生きていてほしかった。

だから、私たちは自分の人生を無駄にはできません。

今週末は、彼の一周忌。
めそめそしている私に「何やっとんのじゃ!」という彼の言葉と
「先生、○○先生の分までがんばって生きましょうね」とかけてくれた保護者の言葉が
回想シーンのように蘇る。

私は、墓前で何を報告できるのだろうか?




つよがり

思い起こせば、4月下旬にMr.Childrenのライヴに行った。
友達がファンクラブに入っていて、とっても素敵な席だった。
今は、結構「やみ(病み・闇)」にいる私だけど、そのときはすごく元気になった覚えがある。
ライヴは夕方からだったのでお昼には自分のバースディパーティをしてもらったりで
相乗効果だったのかもしれないが・・・。

ライヴではいろんな曲を歌う。
けれどもともと私は、曲を「歌詞」ではなく「音」として聞く。
なので、「いい曲やよな〜」って言われても「歌詞」である「意味」を思い出せないことが多い。
だけど、ふっとところどころの「歌詞」で「あっ、この歌詞好きかも」ってのがある。
妙に歌の意味が気になる曲がある。

その中で、めっちゃ心に染みるわって思った曲の一つ。
「つよがり」
きっと、その時の自分の精神状態に近かったのだろう。
決して恋愛のことだけではない、「つよがり」。
その「つよがり」に時としてつぶされる自分がいることは知っているつもり・・・だけど。
また、何度も何度もくり返す・・・自分。

もうそろそろ、いろんな意味で「つよがり」から卒業したい。


♪ つよがり/Mr.Children
作詞:桜井和寿  作曲:桜井和寿  編曲:小林武史&Mr.Children  

凛と構えたその姿勢には 古傷が見え
重い荷物を持つ手にも つよがりを知る

笑っていても 僕には分かってるんだよ
見えない壁が 君のハートに立ちはだかってるのを

蚊の泣くような頼りない声で 君の名前を呼んでみた
孤独な夜を越えて 真直ぐに向き合ってよ 抱き合ってよ 早く

着かず離れずが恋の術でも 傍にいたいのよ
いつ君が電話くれても いいようになってる

話す相手も自ずと狭まってくんだよ
ちっちゃな願いを いつもポケットに持ち歩いてるんだ

「優しいね」なんて 買被るなって 怒りにも似てるけど違う
悲しみを越えて 真直ぐに向き合ってよ 抱き合ってよ 強く

愛しさのつれづれで かき鳴らす六弦に
不器用な指が絡んで震えてる

たまにはちょっと自信に満ちた声で 君の名を叫んでみんだ
あせらなくていいさ 一歩づつ僕の傍においで
そしていつか僕と 真直ぐに向き合ってよ 抱き合ってよ
早く 強く あるがままで つよがりも捨てて


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